column of イタリア料理教室la mano

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DSC_0297.JPGイタリア料理と和食は似ている」と言うが果たしてそうだろうか。私は双方の一番の違いを問われると「だし汁」と答える。和だしはかつおぶし、昆布、いりこ、等だしを取るために作られた加工食品で取るのに対し、西洋だしはパセリの茎、セロリの葉、鶏がら等、人が食べない個所(=生ごみ)と香味野菜で取る。少し乱暴な分類かもしれないが、西洋だしを取った後のごみの多さでこのことに気が付いた。和だしを取った後のものは小さく残り、更にそれを佃煮など再利用することもできる。和だしとはなんと洗練されているのだろう、と改めて感動した。
 だがイタリアンにはチーズと生ハムの存在がある。これらは国の法律で厳しく守られており、酪農家はチーズを銀行に担保として預け、融資を受けることもできる。長い年月かけて職人技を尽くし大切に作られるチーズを料理の仕上げにたっぷりと振り掛けるのである。イタリアンは「最後にかけるだし」を使う。美味しいイタリアンには上質のチーズ、パルミジャーノ・レジャーノが欠かせない所以である。これに匹敵するものは和食には見当たらない。単に勝負の問題ではなく、食文化の違いというのは本当におもしろい。
2005.8.6見眞掲載

081102-OP_069.jpgイタリアに通い始めてもう10年以上にもなる。色々な地方の郷土料理を見聞きし、食し、自分なりにイタリア料理を理解したつもりでも、イタリアに行くごとに新しい発見があり、その度に興奮・感動し、今だ飽きることはない。イタリア料理は殆ど砂糖を使わない。食後にどんっとまとめて糖分を取るのである。だからドルチェ(デザート)は大層甘い。ドルチェを食べない時には、エスプレッソコーヒーにたっぷりのグラニュー糖(ティースプーン3杯くらい)を入れて飲むのがイタリア人のコーヒーの飲み方である。
一番最初にイタリア人の友達ができた時、バール(カフェ)に連れていってもらい、エスプレッソコーヒーを奢ってもらうことになった。「イタリア流の飲み方を教えてやろう」と、有無を言わさずエスプレッソの中に大量に砂糖を入れられた。あまりの量の多さにびっくりして、ムッときてしまい、「こんなの飲めない。」ともう一杯注文してしまった。外国料理を勉強しにきた若い日本人の女の子にイタリア文化を教えてやろうという優しい思いやりがその時には理解できなかったのである。思い出すたびに軽く後悔し、甘くて濃厚なエスプレッソコーヒーが無性に飲みたくなる。
2005.10.26見眞掲載

iStock_000011962791Large.jpg水を買うことが日本でも常識となりつつある。イタリアの飲食店では無料の「お冷や」はなく、オーダーをしなければ水は出てこない。水道水を注文すれば出してはくれるが、けちくさい行為である。ヨーロッパに行くと通常、ミネラルウォーターといえばガス入りで、ガスなしと注文しないとガス入りがくる可能性は高い。日本人にとって飲みなれていない甘味のない炭酸はあまり人気がなく、私も初めて口にした時、「まずい、苦い」と感じた。
だが、8月のフィレンツェの茹だるような暑さの中、市営屋外プールに友人と出かけ、飲み物売り場の行列で10分並んで買ったペットボトルが苦手なガス入り水だったのである。「ガスなし」指定するのを忘れていた。店員も客も暑さで殺気立っていて、とても交換してくれと言える雰囲気ではなかった。喉の渇きも耐え切れなくなり、我慢して飲もう!と決心し、一気に半分位飲むと、喉の渇きが嘘の様に収まり、心地よい清涼感を感じた。目から鱗が落ちる様に、ガス入り水のこの上ないおいしさに気が付いたのである。
その瞬間から一変して完全なガス入り派になってしまった。日本ではまだ値段の高いガス入り水だが、夏の暑い日に冷えたガス水の一気飲みをぜひお試しあれ。
2006.2.5見眞掲載

DSC_0001.jpgいい女とはバランスの取れた女性のことだと思う。また高級ワインもバランスが取れたワインのことである。高級ワインと安くておいしいワインの違いを説明しよう。高級ワインは色、酸味、甘味、苦味、香りのバランスが絶妙に取れている。バランスが取れすぎていて、普通のワインとしか感じない場合が多いので飲み比べのときなど、安くて美味しいワインに票が集る。味や香りが飛びぬけて秀でてる方が一般的に分かりやすいからである。でもこの一つ飛びぬけて秀でているというのが曲者なのである。というのは、その秀でてるところが大好きというマニアには愛されるが、そこが嫌いという人も必ずいるのである。そして何回も飲むとその秀でてるところに飽きてしまう。そこが鼻についてしまうのである。本当に美味しい高級ワインというのは実にさりげない。秀でているところが鼻につかない、飲みなれていないとわかりにくいのである。
いい女の条件もこれにぴったりと当てはまるのではないだろうか。鼻につかず、これ見よがしではなく、さりげなく会う回数を重ねるごとに良くなる。一見してパッと美しさや良さが分かり易い女性だと飽きも早いような気がする。例えば料理や英語ができることを決して人前で言わない。でもいざというときにさっとさりげなく自然にその能力を発揮できる。外見をブランド品で武装するのではなく、内面にお金とエネルギーをかける。さりげなく肩の力を抜いて、がんばりすぎない。自分がどうすれば喜ぶかを自分でよく知っている。知性というのは知識があることではなく、自分を知っていることだと思う。自分と人との楽しませ方がうまい女。人との距離感のバランスが自然にとれる女。私は料理研究家という仕事を通して、いろいろな人と触れ合っていき、そういう女性になりたいと心から思う。年齢を重ねることをエイジングといい、最近はアンチエイジング(抗加齢)ということが流行している中で、私はあえてエイジングを恐れず、高級ワインのように長年の熟成にも耐える、年の取り方がしたい。若い女の人達に囲まれて「おばあちゃんの料理教室」を主宰するのがもっぱらの夢なのである。
2006.10.5見眞掲載

09120710.DSCF0060ce.jpgイタリア人は家族を大事にする。母子関係は特に濃厚で大人になっても「マンマ(お母さん)の料理が食べられないなら旅行には行かない」と大真面目に言うイタリア人男性も少なくない。そんなイタリア人のことを揶揄して『マンモーネ(お母さんっ子、マザコン)』と呼ぶ。実は私も昨年女の子を産み、働く母を実践中な訳だが、この『マンモーネ』という言葉が何ともかわいらしく思えてきたのである。
笑い話だが、イタリア人男性に「マンマと妻と娘の中で一番大事なのは誰?」と聞くと「当然、マンマ」と迷いなき答え。なぜかというと「妻と娘は死んでも代わりはすぐに作れる。でもマンマの代わりはいない。」という訳である。これには呆れた。
だが時は過ぎ、実際に子供を産んでみると次はこんなことを言ってくれる優しい息子が欲しいとすら思う。子供のため、亭主のためと料理や家事を行うが、愛情なくして毎日できる訳がない。
戦争に強い国は食文化の浅い国が多いと言う。家でも戦地でも同じ様な缶詰やレトルト食品ばかり食べているから違和感がないのである。しかしイタリア人は違う。毎日家でマンマのおいしい料理を食べているから戦地での食生活に耐えられない。戦うのが嫌になり、愛情いっぱいの我が家に帰りたくなる。こう考えると、私の仕事は小さくても世界平和に貢献できているし、うちのかわいいマンモーネが地球を救う日もやってくるのではと娘の弁当をせっせと作る日々なのである。
イタリア料理教室ラマーノ主宰 木村 真美
2007.9.3中国新聞でるた掲載















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